冊子「藁」は、「藁の文化」に想いを抱く方々みんなでつくりあげていく刊行物です。「藁の文化」に関するさまざまな情報、玉稿、写真などを、下記の藁の文化研究会事務局にお寄せください。
冊子「藁」の刊行は、皆様からのご寄付に支えられています。「藁の文化」に想いを抱かれている皆さまのお気持ちを、冊子「藁」刊行のご支援に向け、お寄せください。
2,000円以上のご寄付をいただきました方には、「藁の文化研究会」の賛助会員として登録させていただき、冊子「藁」(1年間10号分)をお手元にお送りいたします。なお、ご執筆の玉稿を掲載させていただいた号は、寄贈させていただきます。
藁 第21号
平成29年8月30日「藁の文化」研究会 この田は、いつ頃から、あるのだろう。この土とともに、どれだけの命がめぐり、いかし、いかされ、生きてきたのだろう。 地域のおじいさんおばあさんに、昔はどうしていたか、伺ったり、文献から学び、実践してみたり。培われてきた文化を、なんとか、これからも受け継いでいこうと、藁を掴み、今日も励んでいます。 目次
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藁 第22号
平成29年9月25日 「藁の文化」研究会 焼き物の苞(つと ) 非日常のハレに用いる焼き物は、藁の容器のなかで大切に保管されました。必要に応じて 藁の容器のなかから外に出て、焼き物皿にごちそうが盛られたのです。 目次
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藁 第23号
平成29年11月15日「藁の文化」研究会 籾殻粘土で制作した器 籾殻と米粉と水とを攪拌してできるものを、私は籾殻粘土と呼んでいます。 目次
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藁 第24号
平成29年11月30日「藁の文化」研究会 山形県藤島町藁工芸部会制作の獅子頭 1990(平成2) 年より「日本藁文化大祭」を催してきた、 その獅子頭は、藁づくめである。たくましい生命が宿っているかのようである。 目次
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藁 第25号
平成29年11月30日「藁の文化」研究会 鸺鹠、枭、猫头鹰、夜猫子、鸱鸺、猫頭鷹(フクロウ) 創作:洪美鈴さん。 台湾中部の「草鞋墩」「草屯」地域では、郷土文教協会を組織して、藁工作活動を積極的に展開しています。 山形県藤島町や青森県稲垣村などとの親交も古くから行なわれています。私もこれまでに何度かうかがっていますが、そのたびごとに、藁工作教室に訪れる方々が、談笑しながら、それぞれの工作にいそしんでいる姿に感動を覚えてきました。そこからは、藁への愛情の発露ともいえるさまざまな作品が生み出されています。創作 :洪美鈴さん。 目次
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藁 第26号
平成29年12月20日「藁の文化」研究会 ゲンベイ 福島県三島町で内履き、周辺の外履きなどとして活用されてきた藁の浅沓です。藁草履を台にして、前半分に被甲のツマをつけ、後方部には幅3センチほどの踵当てが帯状にめぐらされています。ツマに藁の葉・ハカマ・クタダを詰めて、爪先が冷えるのを防ぎます。結氷した路上や雪道を滑らずに歩くのにも、藁の履物が活躍しました。 目次
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藁 第27号
平成30年1月15日「藁の文化」研究会 大木に新しい注連が飾られています。正月には、よく目にする光景です。そんな光景を目の当たりにして、私たちは何事か心の中で祈りを捧げます。 注連飾りは「標」(しるし)です。神様に「ここに来てください」「ここに降りてきて宿ってください」と願う目印なのです。また、「ここには神様が宿っていますよ」と人びとに知らせる標なのです。 私たちは、古くから、身の周りのさまざまな生物や無機物などに神霊が宿っているという観念を抱いてきました。また、神麗は物によりついて示現(じげん)されると考えてきました。この大木は、神麗が寄り付いている、依り代・憑代なのです。 「汎霊説」(animism)と呼ばれてきたこの観念は、私たちの生活のあり方、生活環境の構成などに、今日でも貴重な示唆を与えてくれるものとして、継承していくことが大切と思われます。[写真:水野雅広] [文:宮崎清] 目次
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藁 第28号
平成30年2月8日「藁の文化」研究会 稲藁篭底部の蜘蛛の巣編み 胴部は菰編み台を使っての双子編み、底部は胴部を収束していく蜘蛛の巣編み、縁はツグラ(哺育籠・嬰児籠)や円座づくりなどで用いられる組編み、これらから構成されている稲藁の篭。 本誌16~17頁に、「もったいない」の想いで藁工作を始められた、伊藤由加利さんの玉稿を掲載いたしました。[写真・作 伊藤由加利] [文:宮崎清] 目次
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藁 第29号
平成30年2月15日「藁の文化」研究会 わら小屋のなかの、わらのワンちゃん 東京農業大学科学博物館友の会のサークルのひとつに「わら工芸の会」があります。その作品展で愛らしい佳品に出合いました。作者は、サークルの所定の学習を修了した方々の集いである「ひこばえの会」会員の御厨真澄様。 「なにしろわらのものづくりが大好きで、思いつけばいろいろのものをつくって楽しんでいます」といわれる。子どもたちと一緒に楽しむことができ、生き物をいつくしむやさしい思いが聞こえてくるような作品。 [作:御厨真澄][写真と文:宮崎清 ] 目次
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藁 第30号
平成30年2月18日「藁の文化」研究会 「わらを燃したら笑われる」といわれる禁忌を乗り越えて 小正月に行われるサイノカミ。「一本のわらの大切さ」を親から知らされその教えを日々の生活のなかで貫徹してきた人びとが、サイノカミの日には、集落の広場に「わら」を持ち寄って、夜空を赤々と照らしながら燃える「わらの火」に健康・豊穣・平穏を祈願します。 貴重な「わら」を燃やしてまで、自然との共生を規範とする人びとの願いが、この火に込められています。[写真と文:宮崎清 ] 目次
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藁 第31号
平成30年3月8日「藁の文化」研究会 第3回美郷町わらの文化交流の会場に通じる美郷町歴史民俗資料館の玄関口に、わら長沓に活けられた梅の木の小枝などが、私たちを迎えてくれていた。つぼみは小さかったが、みんな膨らみつつあって、なかには3分咲きともいえるものがあった。 どなたが活けてくださったのかわからないが、雪国におけるわらの文化との出会いを見事に演出してくれていた。温かな出迎えに、心が和んだ。 目次
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藁 第32号
平成30年3月30日 「藁の文化」研究会 ヘドロ 爪掛のある藁の草履。今日的に言うと藁で編まれたスリッパでありサンダルでもある。きれいですね。台の草履を厚くしっかり編んで、その上に爪掛をつけているので、冷たい空気にも足先を温かに守ってくれる。 雪が降っていても、雪が消えないときでも、近所の家などにちょっと出かけるようなときに使用した。足を入れるだけで用を足してくれる、雪国にはなくてはならない履物のひとつであった。角館民俗資料館の展示品。 目次
「美郷町第3回わらの文化の集いに参加して:感想」
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藁 第33号
平成30年3月30日「藁の文化」研究会 わら長沓の花入れ 第3回美郷町わらの文化交流の会場に通じる、美郷町歴史民俗資料館の玄関口に、わら長沓に活けられた梅の木の小枝などが、私たちを迎えてくれていた。つぼみは小さかったが、みんな膨らみつつあって、なかには3分咲きともいえるものがあった。 どなたが活けてくださったのかわからないが、雪国におけるわらの文化との出会いを見事に演出してくれていた。温かな出迎えに、心が和んだ。 目次
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藁 第34号
平成30年6月28日「藁の文化」研究会 この莚は祖母が編んだものですから、すでに60年は経過しています。春、ゼンマイを採り、茹でて、揉みながら、天日乾燥されます。それには、莚が最適です。 畳表、ビニールシートなど使ってみたのですが莚に落ち着きました。通気性があり吸放湿性に優れ、早く乾燥させることができます。それに、丈夫で稲わらの鮮度もそのまま残っています。2018.5.1 [写真と文 : 前田智幸] 目次
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藁 第35号
平成30年7月25日「藁の文化」研究会 表紙の写真 バンドン工科大学教授・dudywiyancoko氏とともに、大学にてdesign consultationを終え、車で一時間ほどの村にお邪魔した。 収穫を終えたインディカの籾干し、農家住宅の美しさに堪能しつつ、写真を撮った。 目次
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藁 第36号
平成30年10月30日「藁の文化」研究会 表紙の写真:富山市山田(旧山田村) 美しいというのは、自然の手入れが行き届いている村だということだ。それが人家の周りばかりではなく、山の上まで目が行き届いている。 村のどこに行っても棚田が美田となって広がっている。おそらくは、この土地には、自然を大切にする共通の価値観、それを伝統文化というのだろうが、それが脈々と守成されているからだろう。 山田の案山子で並ぶ黒豆餅の笹餅は、あんこの入っていない塩味だ。これが好きで買いに行ったら、売り切れていた。JAのスーパーに寄ると笹餅があったので求めた。おなじように2枚の笹の葉を裏にして、十字に重ねつきたての餅を包んであるのだが、JAの店の笹餅は笹に餅がへばりついて、笹にも餅が残った。損したような、笹も食べたくなるような気分になった。 山田の案山子のものは葉の置き方にも工夫があり、はがしやすく、サラリと取れる。餅の柔らかさ加減といい、塩味の後からうきでてくる甘さといい、全くの別物だった。 ここの棚田の米は炊くと光っている。なくなるのも早い。案山子のおばちゃんに「ここの米がうまいねー」といったら「わしら、これしか食べていませんので、わかりません」と笑った。 写真と文:前田智幸 目次
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藁 第37号
平成30年11月20日「藁の文化」研究会 表紙の写真:長野の諏訪市内を歩くと、神社の多いことに驚かされる。諏訪湖南岸の上社、北岸に位置する下社をもつ諏訪大社にまつわる祠なのであろう。 日本最古の神社ともいわれるだけに、関連する祠も数多いに違いない。それとともに、写真のような藁縄の山が、随所にみられる。 七年目に一度行われる御柱祭には藁縄が大量に必要とされ、藁縄なくして御柱祭は成り立たないともいわれる。そのことを象徴するかのような藁縄の山である。[写真・文: 宮崎清] 目次
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藁 第38号
平成30年12月30日「藁の文化」研究会 穭・稲孫(ひつじ・ひつち・ひづち) 「二番穂(にばんほ)」「穭稲(ひつじいね)」「穭生(ひつじばえ)」とも称される。また、稲刈りのあとに穭が茂っている田は「穭田(ひつじだ)」と呼ばれる。 写真は、11月25日に甲府市の北西に散歩に出かけた折に撮影した「穭田」。一反分ほどの田の根刈り後の風景。緑色をしたイネの赤ん坊が育っている。 イネがイネを成長させようとがんばっている。これを生命の循環というのだろう。自然の哲理である。 蘖・孫生え(ひこばえ)という言葉もある。これは、樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のこと。同じ生命力の循環を表現する言葉でも、イネと樹木とでは呼び名が異なっている。 今日では蘖の生長を待ってその先につく穂を刈り取って食料にしたともいわれるが、今日では、ほとんど春田起こしの際に掘り起こされ、田に鋤きこまれてしまう。宮崎清 目次
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藁 第39号
平成31年2月15日「藁の文化」研究会 表紙の写真:わらの腰掛・スツールです。 中国ではトン・墩と称して、かつては、太鼓型のわらの腰掛が用いられていたようです。福島県三島町の久保田節子さんにお願いして、つくっていただいたものです。 節子さんは、言葉だけでだいたいの形状についてお話すると、あとはご自分で工夫されて、見事に生活のなかで十分使える腰掛をつくってくださいました。文献によると、平安時代に、宮中の女官たちが腰を掛けるものとして、用いられていたようです。 内部にはわらの稈を束ねたものを縦に立てて、その周りをわら稈をよじりながら細い束にしたものをくくりつけています。上部にはわらの円座を乗せています。座り心地は実にいいです。わらの柔らかなしなりが、優しく体を支えてくれます。[宮崎清] 目次
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藁 第40号
2019年5月25日「藁の文化」研究会 表紙の写真 冬に荷物を運ぶときには橇(そり)を用いたそうですが、その橇を引く際に肩にかかる負担を和らげるために。幅広の肩当て帯が使用しされたのだそうです。矢羽根模様が、実にきれいです。 猫編み(ネコアミ)もしくは猫伏せ(ネコブセ)と呼ばれる技法で作られています。猫編みは、わら四本か六本ほどを二つに分けて緯(よこ)わらとし、それを経(たて)縄にからむようにねじりながら編む技法ですが、緯を経にねじりながらからめる作業が、猫が爪で何かを掻(か)く動作に似ていることからつけられたとされています。 猫編み技法を繰り返して編んでいくと、美しい矢羽根の文様が生まれます。ですから、猫編みは意匠としても活用される編み方です。また、緯を経にしっかりと絡めていく編み方ですので、目がつんで、強度も強いものづくりに繋がります。背中当ての肩掛け帯にみられる猫編みです。猫編みの莚(むしろ)はその代表といえます。 目次
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